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東京高等裁判所 平成9年(行コ)76号 判決 1998年9月29日

控訴人

日本出版労働組合連合会

右代表者

今井一雄

外二八名

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

竹沢哲夫

渡辺良夫

上条貞夫

水口洋介

坂本修

塚原英治

須藤正樹

吉田健一

前田茂

坂本福子

松井繁明

岡村親宜

島田修一

岡田尚

松島暁

被控訴人

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右訴訟代理人弁護士

藤堂裕

右指定代理人

大圖明

外一〇名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決中、控訴人らに関する部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人全国労働組合総連合に対し、三〇〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成三年一月九日から、内金一〇〇〇万円に対する平成四年一二月一二日から、内金一〇〇〇万円に対する平成七年二月二日から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人日本出版労働組合連合会、同日本民間放送労働組合連合会、同全日本損害保険労働組合、同全日本倉庫運輸労働組合同盟、同全国農業協同組合労働組合連合会、同森下昭平、同全国自動車交通労働組合総連合会、同全日本金属情報機器労働組合、同全労連・全国一般労働組合、同全日自労建設農林一般労働組合、同全国鉄動力車労働組合、同全国検数労働組合連合、同全国印刷出版産業労働組合総連合会、同全国生協労働組合連合会、同日本医療労働組合連合会、同全国福祉保育労働組合、同郵政産業労働組合に対し、各三〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成三年一月九日から、内金一〇〇万円に対する平成四年一二月一二日から、内金一〇〇万円に対する平成七年二月二日から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人は、控訴人全日本運輸一般労働組合、同通信産業労働組合及び同伊東千賀に対し、各二〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成四年一二月一二日から、内金一〇〇万円に対する平成七年二月二日から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

五  被控訴人は、控訴人全国商社労働組合連合会、同中里忠仁及び同大森三千雄に対し、各二〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成三年一月九日から、内金一〇〇万円に対する平成四年一二月一二日から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

六  被控訴人は、控訴人全国地方銀行從業員組合連合会、同福永主計、同全国社会保険診療報酬支払基金労働組合、同日本原子力研究所労働組合及び同下村三郎に対し、各一〇〇万円及びこれに対する平成七年二月二日(ただし、控訴人全国地方銀行從業員組合連合会及び同福永主計については平成三年一月九日)から、各支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、控訴人森下昭平、控訴人福永主計、控訴人中里忠仁、控訴人大森三千雄、控訴人伊東千賀及び控訴人下村三郎(以下「控訴人森下ら」という。)並びに控訴人全国労働組合総連合(以下「控訴人全労連」という。)を除く控訴人ら(以下「控訴人各組合」という。)が、内閣総理大臣に対し、第二一期ないし第二三期の中央労働委員会(原判決にいう「中労委」)の労働者委員として、それぞれ控訴人森下らの中から一名ないし数名の者を推薦し、控訴人全労連が、同様に、控訴人森下らの中から数名の者を任命するよう申し入れたのに対し、内閣総理大臣が、いずれの期についても、日本労働組合総連合会(原判決にいう「連合」)傘下の労働組合が推薦した候補者のみを労働者委員として任命したこと(原判決にいう「本件任命行為」)が違法であるとして、控訴人らが、被控訴人に対し、国家賠償法一条に基づき、控訴人らの被ったと主張する損害の賠償を請求する事案である。原審は、控訴人らの請求を全部棄却した。

二  当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、原判決摘示(原判決五頁四行目から一六頁四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六頁五行目の「従業員」を「從業員」に改め、七頁末行の「原告運輸一般及び同通信労組」を「この項においては、控訴人全日本運輸一般労働組合、同通信産業労働組合、同全国社会保険診療報酬支払基金労働組合及び同日本原子力研究所労働組合」に改め、八頁四行目の「大森三千雄」の前に「同」を加え、九頁三行目の「平成二・八・一四」を「平成二・八・一〇」に改め、一〇頁八行目の「平成三年」を「平成四年」に改め、一一頁一行目の「原告地銀連及び同農村労連は」を「この項においては、控訴人全国地方銀行從業員組合連合会、第一審相原告農村労働組合全国連合会、控訴人全国社会保険診療報酬支払基金労働組合及び同日本原子力研究所労働組合を」に改め、一二頁一行目の「平成三年」を「平成四年」に改め、同頁九行目の「日本私鉄労働組合連合会」を「日本私鉄労働組合総連合会」に改め、一三頁九行目の「平成七年」を「平成六年」に改め、一四頁二行目の「原告地銀連、同農村労連及び全商社」を「この項においては、控訴人全国地方銀行從業員組合連合会、第一審相原告農村労働組合全国連合会及び控訴人全国商社労働組合連合会」に改め、一五頁五行目の「服部光郎」を「服部光朗」に改め、同頁末行の「浜鍋昭男」を「浜渦昭男」に改め、一六頁四行目の「右同」を「平成六・八・一一」に改める。

三  争点及びこれに関する当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決摘示(原判決一六頁六行目から三二頁八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二二頁一〇行目末尾に「このように、労働者委員が全員連合から推薦された者によって占められた結果、労働者委員に対する忌避申立てなどが相次ぎ、中労委の事件処理に支障が生じている。」を加え、二六頁一行目の「本件処分」を「任命」に改め、三〇頁二行目の「下森三郎」を「下村三郎」に改め、三二頁一行目の「労働者候補者」を「労働者委員候補者」に改める。

(控訴人らの当審における付加的主張)

1 労働者委員の基本的役割と労働者一般の意思の反映

労働者委員は、団結権の享有主体として労働委員会を利用する労働者、労働組合のために行動するものとみなされている。労働者委員は、団結権侵害に対する救済のための機関である労働委員会に、救済されるべき団結権の享有主体たる労働組合の代表として参画するのであり、他方、使用者委員はそのような団結権の正当な行使を受忍しその侵害に関し不作為義務を有する主体として、その代表として参画するのである。労働委員会が準司法的機能及び調整機能を十二分に発揮するためにも、このような労働者委員の利益代表たる性格を否定することはできない。

そして、労働者委員の任命に当たり、労働者一般の意思を反映させるためには、単に労働組合が推薦すれば足りるというものではなく、任命された労働者委員を通じて複数の系統の労働組合の意思を労働委員会に反映させる必要がある。ただ一つの系統の労働組合にのみ労働者の一般の意思が存在するというのであれば、多様な労働組合に推薦権を認めた労組法の趣旨にも反する。複数の労働組合が現に存在するからこそ、労働委員会の構成に各労働組合の推薦が保障されるべきであり、複数の系統から推薦される労働者委員を任命に反映させることこそが労組法の要請と解釈すべきである。公益委員の一定数同一政党所属禁止の規定(労組法一九条の三第五項)は、労組法のこのような趣旨を表している。

2 本件任命行為における裁量権の逸脱、濫用

労働者委員の任命権者である内閣総理大臣の裁量権は、労働委員会の設置目的とそれを担保している推薦制の趣旨によって覊束されていると解すべきである。

そして、労働者委員の任命に当たっては、具体的な基準が必要と解される。なぜなら、法律によって定められた委員について定数以上の者が候補者となった場合、任命権者は、法の趣旨に従って公正に任命すべき法律上の義務があるが、その場合、法の趣旨に添った任命基準がなければ公正な任命ができないからである。いわゆる五四号通牒は、労組法が労働者委員の任命を労働組合の推薦にかからしめた趣旨を確認的に明らかにしたもので、このような複数の系統の労働組合の意思を労働委員会の労働者委員の任命に反映させるべきであるとの趣旨は、法規的性質を有するものである。労働省も国会において右通牒の遵守を表明しており、そこに示された基準は、労組法が制定された制度趣旨から導かれる法律上の要請であって、労組法一九条の三第二項に内在する任命基準にほかならない。しかるに本件任命行為は、五四号通牒に反して、ただ一つの系統の労働組合からのみ労働者委員を任命したものであり、裁量権を逸脱し、濫用するものであって、違法である。

また、裁量が法によって与えられるものである限り、その行使は根拠法に定める裁量権付与の目的にそってなされるべきであり、法の目的からの逸脱や不正な動機に基づく裁量は、違法というべきである。本件任命行為については、その存在が明らかな他の系統の労働組合が資格を有する候補者を推薦しているにもかかわらず、あえて連合という一つの系統にのみ労働者委員を独占させるものであって、連合独占という目的に基づく任命といわざるを得ず、このような目的はまさに不正な動機というべきものである。また、行政が裁量判断をなすに当たり、考慮すべき要素を考慮せず、あるいは不当に軽視し、他方考慮すべきでないことを考慮に入れ、あるいは過重評価するなど、その判断の過程に誤りがある場合にも裁量権の濫用に当たるというべきであるところ、本来労働者委員の任命にあたっては、系統別、産業別などの事情を重視すべきであるのに、本件任命行為はこれらをいずれも無視している。

さらに、内閣総理大臣は、本件任命行為において、控訴人各組合が推薦する候補者を全く審査の対象としていない。また、仮に、形式的に審査を行なったとしても、それは、内閣総理大臣が連合傘下の労働組合の推薦という一事のみを重視して、故意に非連合系の労働組合である控訴人各組合の推薦する候補者を除外して任命するという差別意思に基づくものである。したがって、本件任命行為には、裁量権の濫用又は逸脱がある。

四  証拠関係は、原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する(A事件、B事件の表記は、原判決の用語例による。)。

第三  争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないと判断するものであり、その理由は、次に訂正付加するほかは、原判決理由説示(原判決三三頁四行目から一三三頁九行目まで)のとおりであるから、これを引用する(なお、引用した認定事実は、いずれも弁論の全趣旨を含めた関係証拠により認定したものであり、認定に際して文献等の一部を引用の形式で摘示した部分は必ずしも逐語的に引用した趣旨ではない。)。

二  原判決の訂正等

1  原判決三九頁一行目の「代表」を「代表者」に改め、同頁七行目の「選出手続は」の次に「当時施行されていた」を加え、四〇頁七行目の「松田長左右衝門」を「松田長左衞門」に改め、同頁九行目の「A事件甲四、」の次に「五七、」を加え、四四頁二行目の「三月二二日」を「二月二八日」に改め、同頁五行目の「全官公庁」を「全官公労協」に改め、同頁七行目の「中対協」を「中労委対策協議会」に改め、同頁九行目の「甲二」をそれぞれ「甲五」に改め、同頁末行から四五頁一行目の「一二月三日」を「一二月一二日」に改め、同頁九行目の「全国官公庁職員労働組合協議会」を「全国官公職員労働組合協議会」に改め、四七頁七行目の「二名」を「一名」に改め、同頁八行目の初めの「二名」を「一名」に改め、四九頁七行目から八行目の「旧労組法施行令三五条」を「旧労組法施行令三七条」に改める。

2  原判決五〇頁四行目の「手続法である」の次に「当時の」を加え、同頁五行目の「三月二八日」を「一二月二八日」に改め、五二頁四行目の「翌日」を「翌々日」に改め、五五頁五行目の「組合系統」の次に「別」を加え、同頁末行から五六頁一行目の「三月二一日」を「三月一二日」に改め、同頁末行から五七頁一行目の「全国瓦斯労協議会議長」を「全国瓦斯労組協議会議長」に改める。

3  原判決五七頁四行目の「甲一二」の次に「の二」を加え、同行から五行目の「甲一二」の次に「の二」を加え、同行の「、乙四」を削り、同頁末行の「同法一九条の七項」を「同法一九条七項」に改め、五八頁一行目の「労組法施行令」の次に「(昭和六三年改正前のもの)」を加え、同頁五行目のかっこ内を「右同法一九条二一項、右同法施行令二一条」に改め、五九頁六行目の「なるべく」の次に「一組合から」を加え、同行の「配慮」を「配意」に改め、六二頁一行目の「関係団体」の次に「間」を加える。

4  原判決六二頁六行目の「甲八」の次にそれぞれ「、四六」を加え、六四頁七行目の「一〇」の次にそれぞれ「、四六」を加え、六八頁一〇行目の「一一」の次にそれぞれ「、四六」を加え、七二頁二行目、九行目の「大田」をそれぞれ「太田」に改め、七三頁二行目の「塩治武雄」を「塩治竹雄」に改め、七五頁九行目の「労働者委員」の次の「委員」を削り、七六頁二行目の「大田」を「太田」に改める。

5  原判決七八頁三行目の「労使委員候補者推薦要領」を「労使委員候補者推薦要項」に改め、八四頁二行目の「全全同盟組合長」を「全金同盟組合長」に改め、八五頁四行目の「総評争議対策部長」を「総評争議法対部長」に改め、八六頁末行の末尾に行を改め「高山勘治 全国金属副委員長」を加え、八七頁三行目の「蛇谷武弘」を「蛯谷武弘」に改め、同頁八行目の「一般同盟会長」を「総同盟書記長」に改め、同頁末行を削り、八八頁二行目の「私鉄総連委員長」を「私鉄総連副委員長」に改め、同頁八行目の「全損保」の次に「(全日本損害保険労働組合)」を加え、同頁一〇行目の「民放労連書記長」を「民放労連書記次長」に改め、九二頁八行目の「中労委委員」を「中労委労働者委員」に改め、九四頁一行目の「総同盟書記長」を「一般同盟会長」に改め、同頁五行目の「私鉄総連副委員長」を「私鉄総連委員長」に改め、九七頁末行、九九頁末行の「平沢栄一」をそれぞれ「平澤栄一」に改め、九八頁一〇行目の「両労働組合」を「両労働委員会」に改め、一〇〇頁六行目の「大田」を「太田」に改める。

6  原判決一一〇頁七行目から八行目の「、一九条の一二第四項」を削り、同頁一〇行目から末行の「一般職の委員の給与等に関する法律」を「一般職の職員の給与に関する法律」に改め、一一一頁六行目の「一九条の二、」の次に「二〇条、」を加え、一一二頁四行目、七行目の「国営企業等労働関係法」をそれぞれ「国営企業労働関係法」に改め、同頁四行目から五行目、七行目から八行目の「地方公営企業等労働関係法」をそれぞれ「地方公営企業労働関係法」に改め、一一三頁六行目から七行目の「四〇条一〇項」を「四〇条九項」に改め、一一五頁一行目の「細く」を「補足」に改め、同頁九行目の「一〇条」の前に「八条の二、」を加え、同行の「二五条の二項」を「二五条二項」に改め、一一六頁二行目の「である」の次に「(労働委員会規則五条二項)」を加え、一一七頁末行の「設置された」の次に「(労働委員会規則三条三項)」を加え、一一八頁一行目から一二二頁三行目までを削る。

7  原判決一二二頁八行目の「同法」を「労組法」に改め、一二三頁八行目冒頭から二五頁五行目末尾までを

「したがって、国の行政府の長である内閣総理大臣が、労働組合の推薦する候補者の中からいかなる者を労働者委員として任命するかは、その広汎な裁量にゆだねられたものというべきであって、その裁量権の行使に当たって、労組法の立法趣旨はもとより、労働者委員の果たしてきた、また果たすべき役割や労働界の実情等さきに詳細に認定した諸般の事情を十分に斟酌することが期待されるものではあるが、労組法の予定するその裁量権の制限が右に説示したとおりであることに照らせば、その任命に当たり、労組法が規定する労働組合から推薦された候補者を当初から審査の対象から除外したり、あるいはこれを除外したと同様の取扱いをするなど、右推薦制度を設けた趣旨を没却するような特別の事情が認められない限りは、その任命の当否について内閣総理大臣の政治的責任が問われることがあっても、裁量権の濫用ないし逸脱があるとして民事法上の違法の問題が生じる余地はないものと解するのが相当である。

そこで、本件についてこれを見ると、前記の事実のほか、証拠(A事件乙三、B事件乙一、原審証人播彰、同菅原英夫)及び弁論の全趣旨を総合すれば、内閣総理大臣は、第二一期ないし第二三期の中労委の労働者委員の任命に当たり、従前の例にならって、労組法所定の資格審査を経た労働組合から推薦を受けた候補者については、控訴人各組合から推薦を受けた控訴人森下らを含めた候補者全員を審査の対象として、関係事務を担当する部局における所要の事務手続を経て、その候補者の中から、同法一九条の四第一項所定の欠格事由のない者を、裁量権に基づき、その政策的判断に従って、右労働者委員に任命したものと認められ、右認定によれば、内閣総理大臣が、右労働者委員を任命するための候補者を審査するに当たって、ことさらに控訴人森下らを除外したり、あるいはこれを除外したと同様の取扱をするなど、労組法が推薦制度を設けた趣旨を没却するような事情はなかったというべきであるから、右労働者委員の任命について内閣総理大臣には裁量権の濫用ないし逸脱があるということはできない。」

に改め、一二五頁九行目の「権利が要請される」を「権利を有する」に改め、一二七頁三行目から四行目の「労使ないし公益の」を「労働者、使用者及び公益という三者の各」に改め、一二九頁四行目末尾に行を改め

「また、控訴人らは、本件任命行為が連合と控訴人全労連らを差別するもので憲法一四条に違反すると主張するが、内閣総理大臣が、定数を超える候補者の中から、裁量権に基づき、その政策的判断に従って、定数の労働者委員を任命したものと解される以上は、推薦した候補者について任命の有無の結果が分かれることは当然のことであり、そのことのゆえに、それが不合理な差別に当たるものではないことは言うまでもなく、また、内閣総理大臣が、その政策的判断に当たり、候補者の推薦組合を斟酌することは、五四号通牒にも考慮すべき事由として掲げられていることからもうかがわれるように、何ら労組法の趣旨に反するものではないというべきであって、そのことをもって、不合理な差別に当たると解することはできない。したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。」

を加え、同頁七行目から八行目の「及び三」を削り、同頁末行の「政務」を削り、一三〇頁一行目の「前記」を「前期」に改める。

三  控訴人らの当審における主張について

1  控訴人らは、労働者委員について利益代表としての性格を否定することはできないと主張するが、労働者委員が、公益委員とは異なり、使用者委員と同様に、その推薦団体からの推薦に基づいて選任されるという制度上、労働者全体の利益代表としての性格を帯有すること自体は当然であるけれども、すすんで、その推薦母体たる当該労働組合及びその組合員の利益代表としての性格を有するものではないと解すべきことは、右に引用した原判決の説示から明らかというべきである。

また、控訴人らは、現に存在する複数の系統から推薦される労働者委員を任命に反映させることが労組法の要請と解釈すべきであると主張するが、労組法自体が労働組合に控訴人らの主張する意味での複数の系統が存在することを必ずしも予定していると解することはできないし、意見や利害の異なる各労働組合から推薦された候補者のうちいかなる者を任命するかについては、労組法は、あえて具体的基準を示すことなく、内閣総理大臣の健全な裁量にゆだねているものと解されるのであり、この点は、さきに引用した原判決認定のとおり、労働大臣から労使関係法運用の実情及び問題点について研究調査を委嘱された労使関係法研究会の報告書において、「委員の人選は、結局のところ当該個人の識見、能力等の問題であり、最小限の欠格要件は別として、それ以上の積極的な資格要件や選考基準を一律に法定するようなことは、技術的にも極めて困難であり、これらの問題は、帰するところ運用の妙に期待するほかはないように思われる。」としていることからも裏付けられるものといえよう。なお、控訴人らは、公益委員の一定数同一政党所属禁止の規定は、労組法が複数の系統から推薦される労働者委員を任命に反映させるとする趣旨を示すものである旨主張するが、労働者委員の任命については公益委員に要請される右のような政治的均衡の要件すら求められていないことは、かえって内閣総理大臣の裁量権が一層広汎であることを裏付けるものというべきである。

2  次に、控訴人らは、内閣総理大臣の労働者委員の任命に関する裁量権は、覊束裁量であると主張するが、労組法上、そのように解すべき根拠はなく、かえって、さきに引用した原判決認定のとおり、労組法の規定によれば、その任命については内閣総理大臣の自由裁量にゆだねられていると解するのが相当である。

また、控訴人らは、定数以上の候補者の中から法律によって定められた委員を任命する場合には、具体的な基準が必要であると主張するが、法が一定の制限のもとで任命権者の広汎な裁量にゆだねたと認められる本件のような場合において、常にその任命の具体的基準がなければならないと解すべき理由はない。控訴人らはその基準として五四号通牒が法規的性質を有すると主張するところ、右通牒は、労組法の立法趣旨を忖度したものであり、従前からその趣旨が尊重され、関係官庁である労働省の担当者も国会において右通牒の遵守を表明しているところであって、内閣総理大臣がその裁量権を行使するに当たってはその趣旨を十分に斟酌することが望ましいということはできるが、その法形式から見ても、右裁量権行使に当たっての内部的指針の域を出るものではなく、それが労組法一九条の三第二項に内在する任命基準であるなどとは到底解することはできず、もとより内閣総理大臣の広汎な裁量権を制限する性質のものではない。

さらに、控訴人らは、本件任命行為は、連合独占という目的に基づく任命であって、不正な動機に基づく裁量権の行使であると主張するが、さきに引用した原判決認定事実によれば、平成二年六月末日現在における主要団体別労働組合員数を見ると、連合が全労働組合員数の62.1パーセントを組織しているのに対し、控訴人全労連のそれは6.8パーセントにすぎないというのであるから、一三名の労働者委員の任命に当たり、連合傘下の労働組合の推薦した者のみが任命されたからといって、直ちに、内閣総理大臣が控訴人らの主張するような目的に基づいて任命したものと推薦することはできない。

確かに、さきに引用した原判決認定事実によれば、平成元年一一月に連合が成立する以前は、総評、同盟等の複数の系統に属する労働組合からの推薦にかかる労働者委員が任命されていたことが認められるが、しかし、控訴人の主張する連合独占という結果は、従前の総評、同盟、中立労連、新産別のいわゆる労働四団体傘下の労働組合に他の労働組合も加わって現在の連合が結成されたという労働界の大きな情勢の変化がその背景にあったことも明らかである。これを巨視的に見れば、複数の系統に分かれていた労働団体が、それぞれの系統の利益や多様性を含みつつ、いわば大同団結を遂げて連合という単一の系統に発展したものと見られるから、従前の各系統の実績を反映して結果的にポストを独占した形になったとしても、それをもって任命権者による恣意的な操作によるものと評価するのは正当ではない。

もっとも、連合の成立以前においても、いわゆる労働四団体によるポストの独占の状態には批判があったこと、また、それ以前の一時期、少数派に属する労働組合の上部団体を含めて、いわゆる系統間の勢力の均衡を図った形での任命が行われたことがあること、さらに遡って、我が国における戦後の労働者委員会制度の発足以来、現在にいたるまで、労使の委員、特に、労働者委員の任命の仕方については、各時代における政治・社会情勢や労働界を取り巻く状況に応じて、さまざまな批判や提言があり、幾多の変遷を経てきたことは、さきに認定したとおりである。

そして、いつの時代においても、推薦した候補者を任命されなかった労働組合等からは不公平感に基づく批判的意見が出されてきたこと及び今後もそうであろうことは、証拠上並びに弁論の全趣旨により明らかである。右の不公平感は現在の全労連傘下の労働組合であると否とを問わず、任命されなかった労働組合等が等しく抱くものであり、それは結局、一定数以上の候補者の中から一定数を任命するという制度をとる以上やむをえないものと言わなければならない。

今回の任命について、連合傘下の労働組合の推薦した候補者のみが任命されたからといって、直ちに、任命権者である内閣総理大臣において控訴人らの主張するような目的があったものと推認することができないことは前述したとおりであるが、仮に、内閣総理大臣において、過去の労働者委員の任命の歴史等にかんがみ、連合傘下以外の労働組合から推薦された者を任命することが必ずしも全ての問題の解決にはならず、かえって新たな問題を生じるおそれがあるとの政策的判断をした結果、今回の任命が行われたとした場合には、そのような政策的判断について当不当の問題が生じるとしても、任命に当たって考慮すべき諸々の要素のうち、何を最終的に重視するかについては、任命権者である内閣総理大臣の広汎な裁量にゆだねられている以上、そのことをもって不正な動機に基づくものとはいえず、したがって、本件任命行為について裁量権を逸脱し、又は濫用したものとすることはできない。

さきに説示したとおり、労働委員会には準司法的権限と調整権限があるほか、中労委には規則制定権という立法的権限も与えられており、その構成員たる中労委の労働者委員は、非常勤の国家公務員であるから、その職務を遂行するに当たっては、特に公正、中立性が要求されるのであって、任命された以上は、その所属する労働組合ないしその系統の主張や利益を超えて、労働者全体の利益のために奉仕しなければならない。もし、現状がそうではなく、労働者委員が、その所属する特定の労働組合ないしその上部の系統の利益に従って職務を遂行しており、そのために、さまざまな支障を生じているとすれば、まず、その現状を是正ないしそのための努力をすべきであって、そのような好ましくない現状を前提として、労働者委員の帰属する労働組合や系統の勢力均衡を図るため、労働者委員の任命について、裁量権の逸脱や濫用の有無に関する司法判断を求めることは本末転倒と言っても過言ではなく、法の予定するところではないと言わなければならない。

なお、控訴人らは、内閣総理大臣が、故意に非連合系の労働組合である控訴人各組合の推薦する候補者を除外して審査した上、本件任命行為に及んだと主張するが、その審査に当たり、控訴人各組合が推薦した控訴人森下らを除外していないことは前記認定のとおりであるから、控訴人らの右主張は、その前提を欠くものである。

したがって、裁量権の濫用ないし逸脱をいう控訴人らの主張は理由がない。

四  以上によれば、控訴人らの本件請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官杉山正己 裁判官佐藤陽一)

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